Agentic Engineeringとは何か—「作る」から「統率する」へ|連載第1回目

こんにちは。室長こと、吉島良平(Microsoft MVP for Business Applications | Microsoft Regional Director)です。
皆さん、いかがお過ごしでしょうか?気付くと、もう5月も終わりですか。時間が経つのは本当にはやいですね。3月決算の方にとっては来月は四半期の締めですね、ファイト!私の会社は決算月なので、最後のラストスパートって感じです。私の事も応援してくださいね。
さて、今日はプロローグに続き、このシリーズの第1回をお届けします。最後までお付き合いいただけますと幸いです。
Series #01 — Agentic Engineering × Dynamics 365
Agentic Engineeringとは何か
「作る」から「統率する」へ——実装者の役割が根本から変わります
第1回
Dynamics 365
Agentic AI
Copilot Studio
「Agentic Engineering」という言葉が急速に広まっています。しかしその実態は、まだ多くの実装者にとって曖昧なままではないでしょうか。AIが「提案する」のか「実行する」のかは、実装の設計を根本から変える問いです。この回では、エージェント型AIの定義と自律性の段階を整理し、Dynamics 365のCRMとERPに引き付けて考えてみます。
Definition
そもそも「エージェント」とは何か
ソフトウェアの世界で「エージェント」という言葉は昔からありました。しかし今日のコンテキストで使われるエージェント型AIは、従来の自動化とは本質的に異なります。
従来の自動化(RPA・Power Automate等)は、あらかじめ決められた手順を機械的に実行します。条件分岐はあっても、判断の幅はプログラムされた範囲に限られています。一方、エージェント型AIは「ゴールを渡されると、自分で手順を考えて実行する」という動き方をします。プロセスが事前に定義されていなくても、状況に応じて計画を立て、ツールを呼び出し、結果を見て次の行動を決めることができます。
この違いを整理するとこうなります。
| 観点 | 従来の自動化 | エージェント型AI |
|---|---|---|
| 指示の形式 | 手順を定義する | ゴールを渡す |
| 計画 | 人間があらかじめ設計 | エージェントが自律的に立案 |
| 例外処理 | 事前に定義した分岐のみ | 状況を読んで対応を変える |
| ツール利用 | 固定のアクション | 必要なツールを選んで呼び出す |
| 学習・修正 | 人間が都度フローを修正 | 結果を観察して次の行動を調整 |
この違いは「便利さの度合い」ではなく、「誰が設計するか」の違いです。従来の自動化は実装者がプロセスを設計してコードやフローに落とし込みます。エージェント型AIは、実装者がゴールとガードレールを設計し、プロセス自体はエージェントが組み立てます。
Autonomy Levels
自律性には段階があります
「エージェントに任せる」と一口に言っても、その自律性には幅があります。MicrosoftはCopilotの進化を次のような段階で整理しています。実装者はこの段階を意識しながら、「どこまで自律させるか」を設計する必要があります。
アシスタント(提案型)
人間のリクエストに応じてテキストや情報を生成します。実行はしません。従来のCopilotチャットがこれにあたります。
実行補助(確認型)
アクションを提案し、人間が承認したら実行します。「このメールを送りますか?」と聞いてから送る形です。人間が最終ゲートを持ちます。
条件付き自律実行(閾値型)
設定した条件・閾値の範囲内では自律実行し、範囲を超えたら人間にエスカレーションします。Wave 1のエージェントの主流がこの段階です。
完全自律実行(監督型)
人間の承認なしに広範な業務を自律実行します。人間は事後ログで監督します。現時点では会計・法務など高リスク領域では推奨されない段階です。
重要なのは、「より高い自律性が常に良い」わけではないという点です。業務のリスク・コンプライアンス要件・組織の成熟度によって、適切な自律性の段階は変わります。Agentic Engineeringの設計とは、この段階を業務ごとに適切に選ぶことです。
CRM — Practical examples
CRMで考える——顧客接点の自律化
Dynamics 365のCRM領域を例に、自律性の段階がどう変わるか見てみましょう。ここでは「商談フォロー」と「ケース管理」の2つを取り上げます。
商談フォロー:Dynamics 365 Sales
シナリオは「商談が一定期間更新されていない場合のフォロー」です。
「この商談、フォローメールを書いて」と頼む
CopilotがCRMのデータを参照してメール文案を生成します。担当者が確認・編集・送信します。
エージェントが「このメールを送りますか?」と提案する
7日間更新のない商談を自動検知し、文案を生成して担当者に確認を求めます。担当者がOKを出したら送信します。
閾値内は自動送信、VIP顧客は確認を挟む
通常商談は7日で自動フォロー送信します。金額が500万円超またはVIPセグメントの顧客は担当者確認を必須とします。これがWave 1の主流設計です。
すべての商談フォローをエージェントが完全自律実行
担当者への確認なしにフォロー・提案・スケジュール調整まで自律実行します。顧客との関係リスクから、現時点では慎重な判断が必要な段階です。
ケース管理:Dynamics 365 Customer Service
シナリオは「顧客からの問い合わせケースが起票されてから解決までの対応」です。
「このケースの回答案を作って」と頼む
担当者がケースを開き、Copilotに回答案の生成を依頼します。過去の類似ケースやナレッジベースを参照した文案が生成され、担当者が確認・送信します。
エージェントが一次回答を提案し、担当者が送信する
新規ケースが起票されると、エージェントが自動でナレッジベースを検索し、回答案を生成して担当者に提示します。担当者がOKを出したら送信します。
標準ケースは自動対応、複雑・クレームは担当者へ
問い合わせカテゴリと感情スコアを判定し、標準的な技術的問い合わせはエージェントが自動回答・クローズします。感情スコアが閾値を超えたケースや複雑な手続き系は即座に担当者にルーティングします。Contact Centerでの主流設計です。
ケースのトリアージから解決・クローズまで完全自律実行
エージェントがケースの分類・優先度付け・回答・フォロー・クローズまで自律実行します。担当者は例外ケースと品質監視に集中します。
2つのシナリオに共通するのは、「ルーティンで判断基準が明確な部分はエージェントに委ね、感情・複雑性・金額リスクが高い部分に人間を置く」という設計原則です。この境界線の引き方が、実装者の腕の見せどころです。
ERP — Practical examples
ERPで考える——基幹業務の自律化
ERPでのエージェント導入は、CRMとは異なる難しさがあります。在庫・原価・会計は金銭的・法的な正確性が求められ、間違いの影響が直接財務に現れます。ここではSupply Chain Management・Finance・Business Centralの3つを取り上げます。
需要予測連動の自動発注:Dynamics 365 Supply Chain Management
シナリオは「需要予測データと在庫水準を組み合わせて、発注量とタイミングを判断する」です。
「来月の発注量を教えて」と頼む
CopilotがERPの在庫データと需要予測データを参照し、品目ごとの推奨発注量をリスト形式で提示します。担当者が確認して手動発注します。
エージェントが発注案を作成し、担当者が承認する
エージェントが在庫水準・需要予測・リードタイムを自動計算し、発注案を生成します。季節変動や急激な需要増にも対応した発注案を担当者に提示し、承認を得てから発注を実行します。
閾値以下は自動発注、高額・新規サプライヤーは承認フローへ
標準品かつ発注金額が閾値以下の場合は自動発注を実行します。高額発注・新規サプライヤー・初回取引品目は購買部門の承認フローへ自動エスカレーションします。これが現時点で最も現実的な設計です。
需要予測から発注・入荷確認・原価反映まで完全自律実行
需要予測・発注・入荷確認・受け払い元帳への反映・原価計算までエージェントが自律実行します。現時点では標準品・低リスク品目に限定して段階的に適用することが推奨されます。
銀行口座照合(Bank Reconciliation):Dynamics 365 Finance
シナリオは「銀行の取引明細とDynamics 365 Financeの仕訳データを照合し、差異を検出・処理する」です。月次決算の現場では非常に手間のかかる作業で、エージェント化の効果が出やすい領域です。
「未照合の取引を教えて」と頼む
Copilotが銀行明細と仕訳データを参照し、未照合リストを提示します。担当者が一件ずつ確認して手動で照合処理します。
エージェントが照合案を提示し、担当者が承認する
エージェントが銀行明細と仕訳データを自動マッチングし、照合候補を提示します。担当者が確認してOKを出したものから順次照合処理を実行します。
高精度マッチングは自動照合、差異・例外は担当者へ
金額・日付・摘要が一致する取引は自動照合します。差異がある取引・高額取引・初回取引先からの入金は担当者に提示します。月末の締め作業を大幅に短縮できます。
照合から仕訳修正・レポート生成まで完全自律実行
照合・差異分析・修正仕訳の下書き生成・経営レポートへの反映までエージェントが自律実行します。ただし修正仕訳の最終承認は監査要件上、必ず人間が行う必要があります。
Sales Order Agent・Payable Agent・Expense Agent:Dynamics 365 Business Central
Business CentralはSCM・Financeとは別系統のプロダクトで、財務・在庫・販売・購買・プロジェクト管理を単一プラットフォームで完結させる中堅・中小企業向けの統合ERPです。業務がひとつのデータモデルの中に統合されているため、エージェントが業務をまたいで判断・実行する際にシステム間の断絶がありません。Wave 1では特に3つのエージェントが注目されています。
Business Centralの3エージェントが特に中堅・中小企業にとって強力なのは、Sales→Payable→Expenseという業務の流れがひとつのデータモデルで完結しているため、エージェントがシステムをまたがずにエンドツーエンドで動けるからです。
Role shift
「作る」から「統率する」へ——実装者の仕事が変わります
ここまで見てきたように、エージェント型AIの導入は「新しい機能を使う」という話ではありません。実装者の仕事の定義そのものが変わります。
従来のDynamics 365エンジニアは、Power Automateフローを組み、フォームをカスタマイズし、コードを書いていました。つまり「プロセスを作る人」でした。エージェント型の世界では、プロセスはエージェントが組み立てます。実装者の仕事は「プロセスを作ること」から「エージェントが正しく動くための環境を設計すること」にシフトします。
| 従来の実装者の仕事 | エージェント時代の実装者の仕事 |
|---|---|
| Power Automateフローを組む | どの業務をエージェントに委ねるか設計する |
| フォーム・ビューをカスタマイズする | 自律性の段階(L1〜L4)を業務ごとに決定する |
| プラグイン・カスタムコードを書く | ガードレール・閾値・エスカレーションを設計する |
| 業務要件をフローに落とし込む | Copilot Studioでエージェントを組み立てる |
| バグを修正する | 判断ログを監視・チューニングする |
では、エージェント時代に人間が担う役割とは具体的に何でしょうか。Dynamics 365の文脈で整理するとこうなります。
| 人間が担う役割 | Dynamics 365での具体例 |
|---|---|
| アーキテクチャ設計 | どの業務プロセスをどのエージェントに委ねるか設計する |
| エージェントの統率 | Copilot Studioでエージェントを組み立て・指揮する |
| 品質管理・監督 | エージェントの判断ログをレビューし、閾値・ガードレールを設定する |
| 最終意思決定 | 例外処理・承認フローの人間介在ポイントを設計する |
これは「コードを書かなくてよくなる」という話ではありません。むしろ、業務の本質を深く理解し、AIに何を任せて何を任せないかを判断できる人材が求められるようになります。技術力よりも業務設計力、実装力よりもAI統率力が問われる時代です。
意思決定者の視点でも同じことが言えます。「何を自動化できるか」ではなく「どこに人間の判断を残すか」を問うことが、エージェント導入の本質的な論点になります。自律化の範囲は技術の問題ではなく、経営判断の問題です。
Key questions
実装を始める前に問うべき3つのこと
Dynamics 365にエージェントを導入する前に、実装者・意思決定者が問うべき問いがあります。この3つへの答えが、設計の出発点になります。
このプロセスは「ルール化できるか」
エージェントが自律実行できるのは、判断基準が明確な業務です。「状況によって変わる」「経験が必要」な判断は、まだ人間が担います。銀行口座照合であれば「金額・日付・摘要が一致する取引の照合」はルール化できますが、「取引先との関係背景を踏まえた差異の判断」は人間が担うべき領域です。
間違えたときのコストはどれくらいか
フォローメールの誤送信と、誤発注では影響の大きさが全く違います。エージェントの自律性は「失敗したときのコスト」に反比例して設計するのが原則です。Expense Agentで経費のポリシーチェックを間違えるコストと、Payable Agentで支払い処理を間違えるコストは桁が違います。同じ「自動化」でも、リスクに応じて自律性の段階を変える必要があります。
判断の根拠を説明できるか
エージェントが自律実行した結果について、「なぜそうなったか」を説明できる仕組みが必要です。ログ・監査証跡・承認記録の設計はエージェント導入と同時に考えなければなりません。特にFinanceのBank ReconciliationやPayable Agentのような会計処理では、監査対応のために「誰が・いつ・何を判断したか」の記録が必須です。
Summary
まとめ
今回はAgentic Engineeringの定義から始まり、自律性の段階(L1〜L4)、CRM・ERPそれぞれの具体的なシナリオ、そして実装者の役割シフトまでを見てきました。改めて整理するとこうなります。
エージェント型AIは「ゴールを渡すと自分で手順を考えて実行する」という点で、従来の自動化とは本質的に異なります
自律性には段階があり、「より高い自律性が常に良い」わけではありません。業務のリスクとコンプライアンス要件に応じて適切な段階を選ぶことが設計の核心です
CRMでは商談フォローやケース管理、ERPでは需要予測連動の自動発注・Bank Reconciliation・Sales Order Agent・Payable Agent・Expense Agentなど、すでに実用レベルのシナリオが動き始めています
実装者の仕事は「プロセスを作ること」から「エージェントを統率すること」へシフトしています。求められるのは技術力よりも業務設計力、実装力よりもAI統率力です
このシリーズの構成
Agentic Engineeringとは何か——「作る」から「統率する」へ ← 本記事
どこに人間を置くか——Human-in-the-Loopの設計原則
エージェントはデータをどう使うか——CRMとERPのデータモデル
エージェントを組み立てる——Copilot Studioで何ができて何ができないか
エージェントを信頼できるか——ログ・監査・コンプライアンスの設計
CRMとERPをまたぐエージェント——統合設計の全体像
これからのDynamics 365エンジニアに何が求められるか
「何を自動化するか」より「どこに人間を残すか」——その問いに向き合うところから、エージェンティックエンジニアリングは始まります。次回は、Human-in-the-Loopの設計原則を掘り下げ、CRMの見積承認フローとERPの発注閾値設計を具体例に考えていきます。
以上、室長でした。
