Automotive Industry × AI / Agent|第3回 — 走行データは、OEMのものか、オーナーのものか

おはようございます。室長こと吉島良平(Microsoft MVP for Business Applications | Microsoft Regional Director)です。

日付が変わって11月3日、文化の日のスタートです。深夜の静けさの中、机の上に並ぶスマートフォンとスマートキーを眺めながら、ふと「預ける」ということの意味を考えていました。

ポケットに入れて持ち歩き、ドアを開け、クルマを走らせる。その当たり前の日常の裏側で、私たちは今、どれほど膨大なデータを相手に預けているのでしょうか。そして、スマートフォンや車のキーを誰かに預けるとき、私たちは決して「何にでも自由に使っていい」と許可したわけではありません。

預けることと、自由に扱っていいことは違う。人とテクノロジーを結ぶ見えない「信頼と境界線」は、静まり返った夜ほどくっきりと輪郭を現します。

 

Automotive Industry × AI / Agentシリーズ、第3回をお届けします。

前回(第2回)は、品質・安全・リコール・サイバーの対応を遅らせる「データの断絶」を考えました。データが分断されているのではなく、Signal→Evidence→Context→Risk→Decision→Authority→Action→Recovery→Evidence→Learningというつながりが設計されていないことが根本にある—それが第2回の結論でした。

108の問いと20回の地図
参考図|108の問いと20回の地図(プロローグより)

第1回では、KPIが揃っていても、文脈把握・意思決定・権限・実行・証跡・学習の連鎖が切れていれば、経営判断は速くならないと考えました。第2回では、その断絶を品質・リコール・Warranty(保証修理)・サイバーへ広げました。コネクテッド車両基盤のDTC(故障診断コード)、テレメトリ、ソフトウェア状態を、ディーラーのWork Order(整備指示書)・Warranty Claim(保証修理請求)・品質案件・設計情報へ接続できなければ、同じ事象が別々の事件に見える。それが「バラバラ殺データ事件」でした。

データがつながり、車両の異常を検知できるようになったとしても、それだけで次のアクションまで進められるわけではありません。

車両の状態を把握できることと、その情報を誰に、何のために使えるかは別の問題です。

日本

OEM本社:アラートは出た。では、誰に送る?|OEM本社 Connected Service会議|佐伯(OEM日本本社 Connected Service担当)・大坪(OEM日本本社 マーケティング部 CRM担当)・高木(OEM日本本社 保険連携担当)・渡辺(OEM日本本社 アフターセールス担当)

月曜午前。Connected Serviceチームの定例会議。画面には、車両データ基盤が検知したバッテリー劣化の候補リストと、CRMの配信準備画面が並んでいる。今週の点検案内キャンペーンに、この候補を追加できるかが議題になった。

佐伯(OEM日本本社 コネクテッドサービス部門 担当):「先週から上がっているバッテリー劣化の候補です。走行距離と充電履歴を見ても、早めに点検を案内した方がよさそうな車両があります。今週のキャンペーンに追加できますか?」

大坪(OEM日本本社 マーケティング部 CRM担当):「候補リストをCRMに取り込むことはできます。ただ、いきなり配信対象には入れられません。いつものキャンペーン条件に合うか、対象者と連絡先を確認する必要があります」

佐伯:「対象車両はVIN(車両識別番号)で特定できています。CRMにも顧客情報がありますよね。そこをひも付ければ済む話では?」

大坪:「車両と顧客情報はひも付けられます。ただ、そのひも付けが現在の所有者や利用者を正しく表しているとは限りません。名義変更後にアカウント情報の更新が遅れることもありますし、同じ世帯で複数の人が車を使うケースもあります」

佐伯:「今回送りたいのは、故障の断定ではなく点検の案内です。対象者を確認するのに、どこまで時間をかける必要がありますか?」

大坪:「全件を手作業で調べる話ではありません。まず、既存の配信ルールで除外される顧客が反映されているか、車両と顧客のひも付けに問題がないかを確認したいんです。対象リストを作れることと、そのリストをそのまま配信に使えることは違います」

佐伯:「分かりました。では、今回の候補を既存ルールに通して、確認が必要なものだけ切り分けましょう。点検案内の文面も、バッテリーの故障が確定したような書き方にはしないでください」

渡辺(OEM日本本社 アフターセールス部門 担当):「その文面なら、入庫先も少し気になります。正規ディーラーへの入庫を促すのか、まず点検を勧めるだけにするのか。車両の状態だけで、最寄りの工場まで決め打ちするのは避けたいですね」

佐伯:「今回は、点検を勧めるところまでにしましょう。入庫先の案内は、既存のサービス案内ルールに合わせます」

高木(OEM日本本社 事業企画部 新規事業・パートナーシップ担当):「少し別の話ですが、その走行データ、保険連携の企画でも使えませんか。走行距離や急加速・急減速などを使って運転傾向を分析したいという話があります。車両データ基盤には、必要な情報がかなり揃っていますよね」

大坪:「データがあるのは分かります。ただ、今回の整備案内の対象リストを、そのまま保険連携に渡すのは別の話です。整備案内と保険では利用目的も提供先も違います。既存の通知設定だけで、保険向けの利用までカバーできているかは確認が必要です」

高木:「なるほど。分析用のデータが取れるかどうかと、保険会社への提供に使えるかどうかは別ですね。保険側で必要な項目と利用条件を整理します」

渡辺:「外部の整備工場も同じです。お客様が独立系の工場に持ち込んだとき、工場から『この故障コードの意味を確認したい』と問い合わせが来ることがあります。車両側の情報を持っていても、工場が必要な診断情報にアクセスできるとは限りません」

佐伯:「それは、今のCRM配信とは別に、診断情報の提供ルールとアクセス手段を確認する必要がありますね。社内で参照できることを、そのまま外部にも提供できるという前提にはしない方がいい」

大坪:「今日の話を整理すると、車両データから候補を抽出するところまでは進んでいます。その先の配信には、既存の顧客情報や連絡ルールとの照合が必要。保険連携には別の利用条件の確認が必要。整備工場への情報提供には、アクセス方法と提供範囲の整理が必要です」

佐伯:「では、まず今週の点検案内を進めましょう。CRM側で既存ルールとの照合を行い、確認が必要な対象を切り分ける。保険連携と外部工場への診断情報提供は、それぞれ担当を決めて別途確認する。データが揃ったからといって、全部を一度に動かそうとしないことですね」

画面には、位置、走行距離、充電状態、急加速・急減速、故障コード、サービス履歴が表示されていた。車両の異常を検知し、点検候補を抽出するところまでは進んでいる。しかし、顧客への通知、保険会社への提供、外部整備工場での利用には、それぞれ異なる確認事項が残っていた。

データが足りないから止まっていたのではない。データを抽出した後の配信条件、利用目的、共有先、承認手順が、ひと続きの業務として設計されていなかったのだ。

※ このシーンは、業務上の論点を説明するために構成した想定シナリオです。特定の企業・個人・事例を描写したものではありません。

第3回では、プロローグで提示した108の問いのうち、以下の6つを軸に考えます。

第3回の問い

Q10
走行データの利用に関する顧客同意は、誰のどの目的の同意か
Q11
走行データをCRMに統合するだけで、OEMは「誰が顧客か」を知ることができるのか
Q12
UBIの走行スコアで保険料を決めるとき、OEMは何を証明しなければならないか
Q13
Right to Repairの規制は、地域によってOEMに何を義務付けるか
Q14
顧客にとっての「走行データ提供の対価」は何か。それが見えなければどうなるか
Q15
OEMが持つべきデータと、ディーラーに持たせるべきデータの境界線はどこか
第3回の問い — 自動車産業の解像度を上げる108の問いと20回の地図
第3回エグゼクティブサマリー|Q10〜Q15の6つの問い。Connected Carデータの利用権限・同意・UBI・Right to Repair・OEM-Dealer境界—いずれも「技術的につなげられることと、利用してよいことは同じか」を問う。

「誰のもの」という問いへの答えは、単一の所有権では整理できません。ここで問いたいのは、Purpose(何のために)、Permission(誰が許可したか)、Authority(誰が決めるか)、Accountability(誰が説明するか)を、利用の場面ごとに設計できているか、です。

※ 本稿中のEvidence Thread、Semantic Latency、Evidence Return Loop、Automotive Commitment Mesh、Authority BindingはDX365LIFE独自の編集概念であり、Microsoft社や業界団体の公式用語ではありません。本稿では第2回のEvidence Threadに、Purpose、Legal Basis/Consent、Permission、Value Returnを加えて考察します。Evidence→Identity/Relationship→Purpose→Legal Basis/Consent→Permission→Authority→Action→Value Return→LearningもDX365LIFEによる分析・編集モデルです。




対象読者|特に関連する回
OEM本社
EP00・EP01・EP02・EP03・EP05・EP10・EP17・EP18・EP19・EP21
NSC(海外販社)
EP00・EP06・EP07・EP08・EP09・EP10・EP11・EP13・EP17・EP19・EP21
Importer / Distributor
EP00・EP09・EP15・EP16・EP21
ディーラー
EP00・EP04・EP05・EP07・EP08・EP11・EP12・EP13・EP14・EP18・EP21

EP00=プロローグ、EP01〜EP20=第1回〜第20回、EP21=エピローグ。全20回は順番に読むことをお勧めします。上記は特に関連の強い回を対象読者別に示したものです。

Automotive Industry × AI / Agent — 全22回 一覧
Technosoft Automotive Days 2026(グローバルオンラインイベント/2026年12月9日〜11日 日本時間15:15〜17:45)の開催に先立ち、オートモーティブ業界が直面する構造的課題とAI / Agentによる対応の方向性をプロローグとエピローグを含む全22回で整理します。10月31日プロローグ公開、11月1日〜20日は毎日1本順次公開。下のボタンでチャネル上の立場(OEM本社・NSC・Distributor・Dealer)に合った回を絞り込み、公開済の回から読み始めてください。
▼ 全22回 エピソード一覧を開く

プロローグ

10月31日

自動車産業の解像度を上げる108の問いと20回の地図

データは上に流れる。しかし、価値は下に返ってくるか。OEM本社から始まるデータは、NSC・Distributor・Dealerを経てCustomerに届く。しかし報告は上に流れ、価値が下に返ってくる仕組みは、まだ設計されていない。断絶は、システムの中より「間」にある。108の問いを持って、この連載を始める。

OEM本社NSC(海外販社)Importer / Distributorディーラー
公開済
Ch.1Chapter 1 OEM本社 — 全体は見えるが、人が見えない

第1回

11月1日

グローバルKPIが揃っているのに、なぜ経営判断が遅いのか

グローバルKPIはダッシュボードに揃っている。しかしその背後にいる担当者・商談・顧客は見えない。連結財務への数字到達に数週間かかり、アロケーションは担当者判断に頼り、ディーラーはインセンティブに関わるデータしか入力しない。経営判断を速くするために必要なのは、KPIを増やすことではなく、文脈と根拠を持った意思決定の設計である。

OEM本社NSC(海外販社)
公開済

第2回

11月2日

バラバラ殺データ事件 — リコール・品質・サイバー対応を遅らせる断絶

リコール・品質・Warranty・サイバー対応が遅れるとき、遅れるのはレポートではなく顧客への警告だ。データが分断されているのではなく、「つながり」が設計されていないことが根本原因である。第1回の断絶が守りの領域へ移ったとき、その帰結は経営会議の遅延ではなく、修理・原因究明・復旧の遅れになる。

OEM本社NSC(海外販社)
公開済

第3回

11月3日

走行データは、OEMのものか、オーナーのものか

走行データは、OEMだけのものでも、オーナーだけのものでもない。Connected CarとCRMをつなぐだけでは「顧客」は見えない。利用権限・同意設計・Right to Repairの整理なしにデータを使うことはできず、目的ごとに権利・許可・責任・価値還元を結び直す設計が信頼の基盤になる。

OEM本社NSC(海外販社)
本稿
Ch.2Chapter 2 市場の再設計 — OEMが仕掛けるビジネスモデル変革

第4回

11月4日

オイル交換がなくなる日、ディーラーは何で生きるのか

EV化でオイル交換がなくなるとき、定期入庫を起点に成立していた顧客接点と収益の連鎖が同時に消える。バッテリー管理・OTA・充電支援という新しい価値は、収益設計・権限設計・運用設計の三層が揃わなければ現場で止まる。技術的に可能になったことと、ビジネスとして成立することは同じではない。

OEM本社NSC(海外販社)ディーラー
公開予定

第5回

11月5日

OEMが価格を決める日 — ディーラーは体験提供者になれるか

エージェンシーモデルでOEM/NSCに価格決定権が集まるとき、ディーラーは何で差別化するのか。顧客データはOEMへリアルタイムに集まり、D2Cも始まった。ディーラーの存在価値は価格ではなく体験提供者として再定義されるが、そのスキル転換設計と権限設計が追いついていない。

OEM本社NSC(海外販社)ディーラー
公開予定
Ch.3Chapter 3 NSC・販社 — 中間層の断絶

第6回

11月6日

本社から見えないディーラーが、なぜ存在するのか

NSCはネットワーク全体を横断集計できていない。未報告の拠点があり、データ遅延は経営判断に直撃する。ディーラーが入力しない理由はインセンティブ設計にあり、技術を入れても設計が変わらなければ歪んだデータが高速で分析されるだけになる。可視化の前に、入力動機の設計が必要だ。

OEM本社NSC(海外販社)
公開予定

第7回

11月7日

リードはどこで死ぬのか — OEM→NSC→ディーラーの境界線

展示会で獲得したリードは、DMSに渡った瞬間にソースタグを失い、名寄せされず、追跡が終わる。失注理由が記録されないのは怠慢ではなく、記録することがリスクになる評価設計の問題だ。Lead Threadを設計してから、AIを乗せる。逆順にするとAgentは動くが意味のある出力を返せない。

NSC(海外販社)Importer / Distributorディーラー
公開予定

第8回

11月8日

NSCのインセンティブ設計は、ディーラーの何を動かしているのか

NSCのインセンティブ設計はディーラー組織に向けて設計されているが、実際に販売行動を起こすのは営業担当者個人だ。計算根拠が見えず、受取漏れを証明できず、コミッションとの連動も設計されていない。インセンティブの透明化が、データ品質問題の解決策にもなる。

NSC(海外販社)Importer / Distributorディーラー
公開予定

第9回

11月9日

Backorderはどこにあるのか — 引当設計の不在とNSC・ディーラーの認識ずれ

NSCの在庫システムとディーラーのDMSはリアルタイムで一致しない。受注状態の定義不一致・引当ロジックの欠如・割当タイミングの遅れが重なり、顧客への納期案内は担当者の経験に依存する。共通の状態定義と引当業務ルールの設計が先にあって、初めてAgentが機能する。

OEM本社NSC(海外販社)Importer / Distributorディーラー
公開予定

第10回

11月10日

「あなたは何人いますか」 — 顧客重複とIDの断絶

OEM・NSC・ディーラーの間で、同じ顧客が何度も重複登録されている。名寄せ技術がいかに進歩しても、「誰がマスターレコードを所有し、誰が更新権限を持つか」という問いに答えが出ない限り、重複は再生産される。顧客IDの断絶は、システムではなくデータガバナンスの設計不在の問題だ。

OEM本社NSC(海外販社)ディーラー
公開予定
Ch.4Chapter 4 ディーラー — 顧客に最も近く、データに最も遠い

第11回

11月11日

値引き交渉をAIに任せる日は来るのか — 新車・リース・キャプティブファイナンス

値引き承認フローの遅さが商機を逃し、ファイナンス審査の待ち時間が成約率に直撃する。キャプティブファイナンスはOEMとディーラーの力学を変え、AIが見積・承認・残価予測をリアルタイムで支援するとき、ディーラー営業の役割は交渉者から体験設計者へと移行する。

NSC(海外販社)ディーラー
公開予定

第12回

11月12日

整備士はなぜWork Orderを後で書くのか — アフターセールスと部品調達のデータ断絶

整備士はWork Orderを後で書き、代車管理は属人的で、部品の納期確認は今も電話だ。誤発注のコストは誰も正確に把握しておらず、廃番情報がディーラーに届くまでに何日もかかる。eCommerce連携で部品調達の形が変わっても、現場でデータが生まれないという根本問題は残る。

NSC(海外販社)ディーラー
公開予定

第13回

11月13日

CSIスコアを「誘導」した後に、何を改善するのか

ディーラーがCSIスコアを誘導するのは、評価制度がそれを合理的にするからだ。回答率が低いデータはどこまで信頼できるか。低評価からのリカバリーがディーラーによってばらつくとき、ブランドは何を失うのか。歪んだデータで「改善」が繰り返される間、顧客体験は実態から遠ざかっていく。

NSC(海外販社)ディーラー
公開予定

第14回

11月14日

多ブランド・多店舗ディーラーの経営情報はなぜ「一枚の紙」にならないのか

マルチブランドのディーラーはOEMの数だけシステムにログインし、同じ顧客データを何度も入力する。月末にしか正しくならないOEM提供のDMSで、月中の経営判断はどこを見ているのか。ブランドAの顧客がブランドBに乗り換えたことをディーラーは知っているがOEMは知らない—これは設計の問題か、権限の問題か。

ディーラー
公開予定
Ch.5Chapter 5 チャネルの多様性 — Importer・Distributor・商社

第15回

11月15日

越境データと規制の壁 — Importer・Distributorはどこまでデータをつなげるか

GDPR Article 46による越境データ移転の制約を正しく理解しているDistributorはどれくらいあるか。DPA締結義務をすべてのディーラーと結べているか。多言語での名寄せが崩壊したとき、Customer 360は何を見ているのか。在庫・為替・関税リスクとデータコンプライアンスが重なるとき、チャネルの多様性はデータ設計の複雑さとして跳ね返る。

Importer / Distributor
公開予定

第16回

11月16日

複数OEMと複数事業形態を横断するKPIは、誰が見ているのか

複数OEMを扱うImporter・Distributorは、ブランドごとに異なる報告様式・KPI定義・システムに縛られる。ある市場では販社として、別の市場ではDistributorとして動く同一企業のKPIを一画面で見ることはできない。事業形態を超えた投資対効果とチャネル別収益をつなぐ設計が問われている。

Importer / Distributor
公開予定
Ch.6Chapter 6 グローバル戦略とローカル市場の現実

第17回

11月17日

日本市場の「強み」は、グローバルモデルに移植できるのか

車検制度・残価設定ローン・キャプティブファイナンスは日本固有の仕組みであり、アフターセールス収益と顧客接点を構造的に保証してきた。しかしインボイス制度・整備士不足・DMSの標準化難易度が、グローバル展開の足かせになることもある。日本の強みは「特殊解」か「移植可能な設計」か。

OEM本社NSC(海外販社)ディーラー
公開予定

第18回

11月18日

法規制はグローバル戦略の「壁」か「設計図」か — Dealer LawとGDPR

米国の州法はAgencyモデルを禁じ、欧州のGDPRは顧客データの利用を制約する。制約を障壁と見るか、設計の起点と見るかで戦略の質が変わる。Dealer Lawの制約下でD2Cをどう実現し、GDPRの最厳格対応の中でAgency実験を進めるか、各市場の法規制は「設計図」にもなりうる。

OEM本社NSC(海外販社)
公開予定

第19回

11月19日

Global Core + Local Extension — 「すべての市場が特殊」という前提で設計する

「すべての市場は特殊だ」と認めることで、設計の前提が変わる。Global Core + Local Extensionという構造は、中央集権的な一枚岩でなく、共通基盤の上に市場固有の拡張を乗せる。ローカルの学習をグローバルに還元するガバナンス設計が、次の競争優位の源泉となる。

OEM本社
公開予定
Ch.7Chapter 7 攻めのDXと守りのDX — データ・価値・変革のループ

第20回

11月20日

データは上に流れる。価値は下に返っているか — Promise Loopの設計

データは集まる。しかし価値は現場に返ってくるか。OEM本社とディーラーのデータの「正しさ」は一致しているのか。Promise Loop(約束→コミットメント→証跡→学習)が機能するとき、データの流れと価値の流れは初めて一致する。攻めのDXと守りのDXの緊張の間に、企業変革がある。

OEM本社NSC(海外販社)Importer / Distributorディーラー
公開予定
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エピローグ

11月20日

攻めのDXと守りのDX — その緊張の間に、企業変革がある

この半年間の探求の先に、答えではなく次の問いが待っていた。CRM×AIシリーズで問いかけたのは、顧客との関係をどう設計するかだった。AI ERPシリーズで問いかけたのは、内部の意思決定をどう変えるかだった。オートモーティブシリーズは、その両方をチャネルを越えてどう実現するかという問いだ。AIがPromise・Commitment・Evidence・Learningのループを回すとき—それはCopilotではなく、チャネルを越えてループを回す存在になる。CustomerがPromiseを受け取り、Dealerがそれを実行し、NSC/DistributorがEvidenceを集め、OEMがLearningする。そしてまたCustomerへ。攻めのDX—新しい顧客体験、新しいビジネスモデル。守りのDX—コンプライアンス、品質、ワランティー。この緊張の間に、設計の仕事がある。CRMだけでは解けない。ERPだけでも解けない。DMSだけでも解けない。なぜなら、自動車産業の顧客体験は、一社の中だけで完結していないからだ。AI CRMで顧客が見えるようになった。AI ERPで企業が見えるようになった。では、その企業と企業の間は見えているだろうか。オートモーティブDXの次の舞台は、そこにある。

OEM本社NSC(海外販社)Importer / Distributorディーラー
公開予定


走行データは、誰か一人の「もの」ではない

「走行データはOEMのものか、オーナーのものか」—タイトルの問いに対する本稿の答えは、所有という一語だけでは整理できない、です。

Connected Car(コネクテッドカー)のデータには、少なくとも異なる状態があります。車両内で生成されたデータ、OEMがクラウドへ取得したデータ、ディーラーが整備で記録したデータ、保険会社が受け取ったデータ、AIが計算した故障予測や運転スコア、本人または第三者が修正・説明を求められるデータ、そして安全・診断・契約履行・マーケティングなど目的が限定されたデータ—それらは同じ「所有」の概念で扱える性質ではありません。

EU Data Act(EUデータ法)[EUR-Lex]も、データ一般に一つの所有権を設定した制度ではありません。接続製品の利用者に、生成データへのアクセスと利用、指定する第三者への提供を求める権利を設けています。一方、複雑な独自アルゴリズムで生成した推論・派生情報は原則として対象外です。さらにGDPR(EU個人データ保護規則)などの個人データ保護法制は別に適用されます。したがって、分解すべきなのは「誰のものか」ではなく、次の権利と義務です。

論点 確認すべき問い
アクセス 誰が元データを取得できるか
利用目的 安全、整備、CRM、保険、広告のどれに使うか
法的根拠/同意 誰の、どの時点の同意または法的根拠があるか
共有 OEM、ディーラー、保険会社、第三者のどこまで渡せるか
ポータビリティ 本人が選んだサービスへ移せるか
説明・訂正 誤ったデータや判断を誰が直すか
責任 誤判定、漏えい、通知漏れの責任を誰が負うか
価値還元 安全、利便性、保険料、整備品質として何が戻るか

データを保有していることは、すべての目的で利用できることを意味しません。取得可能性、保有、アクセス、利用、共有、説明責任は分離して設計する必要があります。

図1|走行データは、誰のものか—を分解する
図1|走行データの論点は単一の所有権ではない。目的、主体、期間ごとにアクセス、利用、共有、責任、価値還元を設計することである。

VINで車は見える。だが、誰が運転したかは分からない

VIN(車両識別番号)は、車両を特定するための番号です。しかし、VINが分かっても、その車両に関係する人を一人に特定できるとは限りません。

購入者と現在の所有者が違うこともあれば、所有者と日常的な運転者が違うこともあります。法人車両なら、購入を決めた購買担当、車両を管理する総務担当、実際に運転する社員、アプリの登録者、保険契約の窓口がそれぞれ別人ということも珍しくありません。

しかも、こうした関係は時間とともに変わります。社員の異動、車両の入れ替え、リース返却、売却、家族間での利用変更。車両データ基盤ではVINを追えていても、CRMには購入時の担当者が残り、アプリには以前の利用者が残っている。ディーラー側には別の顧客IDがある。個々のシステムでは正しい情報でも、組み合わせると現在の関係を正しく表していないことがあります。

シリーズ第1回では、購入者・所有者・利用者・支払者・サービス連絡先を一人の「統合顧客」に押し込めず、それぞれの関係を捉えるRelationship View(関係性ビュー)を提示しました。

必要なのは、VINと一つの顧客IDを永久に結び付けることではありません。誰が、いつからいつまで、どの立場でその車両に関係していたのか。誰に整備通知を送るのか。誰が保険契約の主体なのか。位置情報などの利用について、誰に対してどの説明や同意が必要なのか。こうした関係を、役割と有効期間を含めて管理することです。

Customer 360(顧客情報の統合ビュー)を作るだけでは足りません。その前提として、顧客と車両の関係が、いつ、どのように変わったかを追える必要があります。

では、その情報がシステム間でつながっていないと、現場では何が起きるのでしょうか。

日本

VINと、その先にいる人|OEM本社 CRM・Connected Service連携会議|大坪(OEM日本本社 マーケティング部 CRM担当)・佐伯(OEM日本本社 Connected Service担当)

大坪(OEM日本本社 マーケティング部 CRM担当):「このVIN、整備案内の対象に上がっています。ただ、CRMで見ると購入時の法人担当者が連絡先になっています。アプリ側の登録者は別の人です。配信リストには、どちらを使えばいいですか?」

佐伯(OEM日本本社 コネクテッドサービス部門 担当):「車両データ側では、アプリの登録者は確認できます。法人名義で購入された車両で、登録者は社員のAさんですね」

大坪:「Aさんが今もこの車を使っているかは分かりますか?」

佐伯:「そこまでは分かりません。アプリの登録情報はありますが、現在の運転者を確認する情報とは別です」

大坪:「CRMには、購入時の担当者とサービス連絡先が残っています。でも、車両管理を担当している人は別かもしれません。これだと、どの宛先を使うのが正しいのか判断できません」

佐伯:「法人のお客様なら、まず車両管理担当に確認する方法もあります。ただ、今のデータだけでは、その担当者が誰なのかも確定できないですね」

大坪:「そうなんです。宛先が一つ足りないというより、購入時の担当者、現在の管理担当、アプリ登録者が、それぞれ別の役割として管理されていないんです」

佐伯:「しかも、車両が別の社員に引き継がれても、アプリやCRMの情報が同じタイミングで更新されるとは限りません。VINをキーにすれば車両の情報は集められますが、人との関係がいつ変わったかまでは、それだけでは追えません」

大坪:「では、今回の案内はどうしますか。購入時の連絡先にそのまま送るのか、法人の窓口を確認してから送るのか。今ある情報だけでは決められません」

佐伯:「まず、法人向けのサービス連絡先が登録されているか確認しましょう。確認できなければ、既存の運用ルールに沿って宛先を確認する。アプリ登録者を、そのまま現在の運転者として扱うのはやめましょう」

大坪:「分かりました。ただ、今回の一件を解決しても、次の車両で同じことが起きます。車両の引き渡しや担当者変更があったときに、誰が、どの情報を更新するのかも決める必要がありますね」

佐伯:「そうですね。車両データとCRMをつなぐだけでなく、購入者、管理担当者、利用者、サービス連絡先の関係を、変更履歴も含めて追えるようにする。それがないと、毎回、担当者が個別に確認することになります」

画面には、VIN、車両の状態、購入時の法人情報、アプリ登録者、過去のサービス履歴が表示されていた。情報がゼロなのではない。それぞれの情報が、誰のどの役割を示しているのか、そしてその関係が今も有効なのかを、一続きで確認できなかった。

VINに顧客IDをひも付けるだけでは、現在の関係は分からない。必要なのは、誰が、いつからいつまで、どの立場で車両に関係しているのかを管理し、その関係に応じて通知先や利用条件を判断できる仕組みだ。

※ このシーンは、業務上の論点を説明するために構成した想定シナリオです。特定の企業・個人・事例を描写したものではありません。

図2|Vehicle ViewからRelationship Viewへ
図2|車両IdentityとCustomer Identityは同じではない。重要なのは、いつ、誰が、どの役割で車両と関係していたかである。

Connected CarとCRMをつなぐと、通知は予測へ変わる

Connected CarデータとCRMを接続すれば、定期点検日の一斉通知から、走行距離・車両状態・整備履歴に応じた予防的サービスへ移行できます。車両・整備・商談・アプリ行動をデータプラットフォームへ統合し、走行距離や故障兆候を使った整備提案へつなぐ構造は、業界全体で検討が進んでいます。

しかし、統合が深くなるほど誤りの影響も大きくなります。前の所有者へ現在地を含む通知を送る。家族の運転行動を購入者の行動として評価する。DTCを故障確定と誤解し不必要な不安を与える。整備目的で取得したデータを販売促進へ転用する。古い同意を現在も有効だと扱う。AIの推測を実測値のようにCRMへ保存する—これらはいずれも、統合の設計が甘ければ起きます。

CRMへ保存すべきなのは、データだけではありません。利用目的、法的根拠、同意主体、有効期間、データ源、信頼度、共有範囲、撤回状態を一緒に管理しなければなりません。

図3|通知から予測へ—その前にPermissionを確認する
図3|CRM統合の価値はデータ量ではなく、正しい相手へ、許された目的で、結果をEvidenceとして戻すことにある。

UBIは、保険料の個別化であると同時に、監視の個別化でもある

UBI(Usage-Based Insurance:走行実態に基づく自動車保険)は、走行距離や時間帯、位置、速度、急加速・急減速などのデータを使い、運転傾向やリスクを評価する仕組みです。安全運転が保険料に反映される可能性がある一方、日々の移動や運転行動が、継続的に記録・評価されることにもなります。

OEMにとっても、車両販売後の顧客接点を保険、金融、事故対応、修理へ広げる機会になります。ただし、車両からデータを取得できることと、そのデータを保険会社に提供し、保険料の算定に利用できることは別です。

同意の設計を考えるうえで、米国FTC(連邦取引委員会)が2026年1月に最終化したGMおよびOnStarに関する命令は、重要な事例です。同命令は、対象となるコネクテッド車両データの収集・利用・共有について、明確な通知と肯定的な同意を求めるほか、データのコピーや削除を求める手段などを定めています。特定の企業を評価するためではなく、接続サービスへの加入と、位置情報・運転行動データの利用や外部提供を、顧客に分かりにくい形で一括して扱わないことを考える材料になります。[FTC・2026年1月14日]

もう一つ、データを使う段階で避けられない問題があります。記録された事実と、その事実に対する評価は同じではないということです。

急減速というイベントが記録されていても、それだけで危険な運転だったとは限りません。前方車両との衝突を避けるためだった可能性もあります。夜間走行も、運転者の危険選好を意味するとは限りません。

スコアが保険料や契約条件に影響するなら、評価に使ったデータ、評価期間、運転者の識別方法、誤記録への対応、再評価の手順を明確にする必要があります。そして、OEM、テレマティクス事業者、保険会社のうち、誰が何を説明し、誰が最終的な判断を見直すのかも決めておかなければなりません。

では、顧客から「このスコアはおかしい」と問い合わせが来たとき、現場はどう対応するのでしょうか。

日本

UBIスコアの問い合わせ:記録はある。でも、評価の理由は誰が説明する?|OEM本社 保険連携・顧客対応会議|高木(OEM日本本社 保険連携担当)・大坪(OEM日本本社 マーケティング部 CRM担当)・渡辺(OEM日本本社 アフターセールス担当)

高木(OEM日本本社 事業企画部 新規事業・パートナーシップ担当):「提携先の保険会社から確認依頼が来ています。うちのコネクテッドサービスを利用しているお客様から、更新時の保険料について問い合わせがあったそうです。保険会社の説明では、前回より運転スコアが下がっているとのことです」

大坪(OEM日本本社 マーケティング部 CRM担当):「お客様は、何が問題だと言っているんですか?」

高木:「急減速の評価に納得できないそうです。本人の説明では、集計期間中に前の車が急に減速したため、追突を避ける操作をしたことが何度かあったと。危険な運転をしたつもりはないのに、スコアが下がったのはおかしい、という話です」

渡辺(OEM日本本社 アフターセールス部門 担当):「車両側には、そのときの記録が残っているんですか?」

高木:「テレマティクス側に、急減速として検知されたイベントの日時と関連データはあります。ただ、前の車がどう動いたか、なぜその操作をしたのかまでは、今ある記録だけで確認できるとは限りません」

大坪:「では、記録があるからといって、本人の説明が正しいか間違っているかを、こちらで判断できるわけではないですね」

高木:「そうです。もう一つ問題があります。保険会社からはイベントの確認を求められていますが、スコアの算定方法や、今回の更新保険料にどの程度影響したのかまでは、こちらでは把握していません」

渡辺:「それなら、OEM側で説明できるのは、まず何が記録されていたか、というところまでですね。スコアがなぜ下がったのか、保険料がなぜ上がったのかは、保険会社側の評価方法も確認しないと答えられない」

大坪:「お客様から見れば、車のデータを取っているのも、スコアを付けているのも、保険料に反映しているのも、ひと続きに見えるでしょうね。問い合わせ先をたらい回しにされたら、納得できないと思います」

高木:「保険会社には、まず該当するイベントと記録の確認を依頼しましょう。そのうえで、スコアの算定にどう反映されたか、再評価の対象になるかは、保険会社に確認してもらう必要があります」

渡辺:「もしセンサーの記録自体に誤りがあれば、データを管理する側で調査できる。でも、記録は正しいのに評価の仕方が適切でないという話なら、別の判断が必要です。その境界を曖昧にしたままでは、どちらも『うちの担当ではない』となりかねません」

大坪:「それと、そもそも誰の運転として評価したのかも確認が必要です。家族で車を共有していたり、別の人が運転していたりすれば、車両に記録されたイベントを契約者本人の運転として扱ってよいのか、という問題もあります」

高木:「分かりました。今回の問い合わせでは、記録の確認、運転者の識別、スコアへの反映、保険料への影響を分けて確認します。保険会社にも、顧客への説明と再評価を誰が担当するのか、回答を求めます」

大坪:「次から同じ問い合わせが来ても困らないように、契約前の説明も見直したいですね。何を記録するのかだけでなく、そのデータがどのように評価され、何に影響しうるのか。異議があるとき、どこに申し出ればよいのかも含めてです」

高木:「そうですね。データを集める仕組みだけでなく、評価に納得できないときに、記録を確認し、必要なら判断を見直せる仕組みまで用意しなければいけません」

走行イベントの記録は残っていた。しかし、記録された急減速がどのような状況で起きたのか、誰の運転だったのか、それがスコアや保険料にどう反映されたのかは、同じシステムの中で一続きに説明できる状態ではなかった。

走行データを記録する責任と、そのデータを評価する責任、そして評価を契約条件に反映する責任は同じではない。顧客が異議を申し立てたとき、記録の確認から評価の再検討までを誰が担うのか。その道筋がなければ、個別化された保険料は、顧客から見れば理由の分からない評価になってしまう。

※ このシーンは、業務上の論点を説明するために構成した想定シナリオです。特定の企業・個人・事例を描写したものではありません。

図4|走行データが保険料へ変わるまで
図4|運転スコアは走行事実ではなく、事実へモデルとルールを適用した判断材料である。Capability(スコア計算)とAccountability(説明責任)は別に設計しなければならない。

Right to Repairは、整備書の公開からデータアクセスへ変わった

車両が機械中心だった時代、修理する権利を支えていたのは、整備要領書、配線図、部品、専用工具だった。

Connected CarとSDV(ソフトウェア定義車両)の時代には、それだけでは足りません。DTC、ソフトウェアバージョン、校正情報、バッテリー状態に加え、車両によっては、セキュアゲートウェイを介した診断や、認証を伴う機能へのアクセスが必要になります。工場に車両が入庫していても、必要な情報や機能にアクセスできなければ、診断や修理を先に進められないことがあります。

日本では国土交通省[国交省]が、整備要領書等の点検整備情報や専用スキャンツールの情報を使用者・整備事業者に提供し、スキャンツールの開発・改良に必要な情報を開発者に提供する枠組みを示しています。EUでは、自動車の修理・保守情報(RMI)へのアクセスは、一般消費者向けの「Right to Repair指令」(指令(EU)2024/1799)とは別に、型式認可規則(Regulation (EU) 2018/858[EUR-Lex])に基づいて規律されています。さらに、委任規則(EU)2026/699により、車載診断情報と修理・保守情報への標準化されたアクセスや、セキュアアクセスの手続きが更新されました。

問われているのは、単純に「オープンか、クローズドか」ではありません。修理に必要なアクセスを確保しながら、安全、盗難防止、サイバーセキュリティ、個人データをどう守るか。

その問題は、整備工場からの一本の電話として現れます。

日本

修理できない|OEM本社 アフターセールス/Connected Service|渡辺(OEM日本本社 アフターセールス担当)・佐伯(OEM日本本社 Connected Service担当)

渡辺(OEM日本本社 アフターセールス部門 担当):「例の車、工場からまた連絡が来ました。故障コードは読めた。でも、次の診断手順に進めないそうです」

佐伯(OEM日本本社 コネクテッドサービス部門 担当):「セキュアゲートウェイのところですか?」

渡辺:「そうです。いつもそのお客様の車を見ている独立系の工場です。お客様は、なぜそこで直せないのかと」

佐伯:「車両情報の提供と、認証が必要な機能へのアクセスは別です。今回の作業で、どの認証が必要になっているか確認します」

渡辺:「確認するのはいいんですが、工場には今日中に返事をしないといけません。認証の手続きで進められるのか、それとも別の工場へ案内する必要があるのか。そこまで分かりますか」

佐伯:「まず、車両の型式とソフトウェアの状態、使っている診断ツール、止まっている操作を確認します。認証が通っていないのか、ツール側が対応していないのかで、次の手が違います」

渡辺:「では、工場に確認する項目を送ってください。こちらからも、必要なアクセスをどうすれば確保できるか調べます。ただ、『情報は提供しています』という回答だけでは、お客様への説明になりません」

佐伯:「分かりました。今回の作業に必要なアクセス条件と、利用できる手続きを整理します。セキュリティ上の制限があるなら、何が理由で、どこまでできるのかも確認します」

渡辺:「お願いします。お客様が知りたいのは、制度上情報が公開されているかどうかだけではありません。自分の車を、選んだ工場で直せるのかどうかです」

整備情報は提供されていても、現場で必要な診断機能まで使えるとは限らない。問題が起きたとき、情報提供の窓口、認証の手続き、診断ツールの対応状況が別々に管理されていれば、誰もすぐに答えられない。

修理・保守情報へのアクセス権(RMI)は、情報を公開するだけの問題ではなく、必要な診断・修理にたどり着けるアクセス経路を、安全性と両立させて設計する問題になった。

※ このシーンは、業務上の論点を説明するために構成した想定シナリオです。特定の企業・個人・事例を描写したものではありません。

図5|修理する権利は、データへ到達する権利になった
図5|Right to Repairは、診断・修理に必要な範囲のアクセスと、安全・セキュリティを同時に成立させる設計問題である。

日本・EU・米国は、同じ「所有権」を議論していない

各地域は同じ問いを持ちながら、制度設計の出発点が異なります。

この表では、「どの法律が適用されるか」ではなく「何を守ろうとして設計されているか」を読んでください。EUは利用者の横断的アクセス権を起点とし、中国は国家安全の観点から車両データを特別規制します。日本は個人情報・整備情報・産業データを別々に整備する縦割り構造で、米国は州法・連邦法案・FTC執行が並存します。グローバルOEMが地域ごとに異なる対応設計を迫られる理由は、各地域の「出発点」が異なるからです。

地域 2026年10月時点の状態 構造的な特徴
EUEU Data Actは2025年9月から適用。2025年に車両データ向けガイダンスを公表。GDPR等も並行適用。2026年にOBD/RMIアクセス規則を更新 利用者のアクセス・第三者提供権を横断法で設計。生データ・前処理済みデータと推論・派生情報を区別
米国米国 Massachusetts州法は2022年モデル以降のテレマティクス車両について、所有者と認められた整備事業者による整備データへのアクセスを規定。連邦REPAIR Act案は2025年2月提出後、委員会付託の段階で成立法ではない 州法、保険規制、FTC執行、連邦法案が併存する分散型
日本日本 個人情報保護法、整備・診断情報提供制度、業界政策が中心。2026年改正個人情報保護法は成立・公布済みだが、大部分の施行に向けた政令・規則・ガイドラインは検討中 車両データ一般の包括的アクセス権より、個人情報・整備情報・産業データ連携を別々に整備
中国中国 自動車データ安全管理規定(2021年施行)により、車内データの収集・処理や越境移転が規制されている。国内保存や越境移転時の安全評価等の要件は、データの種類や適用される規制に応じて確認が必要。個人情報保護法(PIPL、2021年)・データ安全法(2021年)が並行適用 国家安全の観点から車両データを特別規制。越境データ移転には政府への安全評価申告のほか、標準契約(SCCs)または個人情報保護認証(PI Protection Certification)の経路がある
韓国韓国 個人情報保護法(PIPA)2023年改正で規制を個人情報保護委員会(PIPC)に一元化。自動運転・コネクテッドカーデータのガイドライン策定が進行中 EUとの十分性認定を視野に整備中。自動運転データの取り扱いが主要論点
台湾台湾 個人情報保護法(PDPA)の改正が進行中。コネクテッドカーへの固有規定は未整備 半導体・電子産業との連携を意識した産業データ戦略を並行推進。車両データ固有の規制は検討段階
香港香港 個人情報(プライバシー)条例(PDPO)を基本に運用。車両データへの固有規定なし 一国二制度下で独自の個人情報保護体制を維持。中国本土のデータ規制との整合が実務上の課題
シンガポールシンガポール 個人情報保護法(PDPA)の継続改正が進む。陸上交通庁(LTA)とPDPCが連携し自動運転・コネクテッドカーのデータ利活用指針を検討中 アジア有数の成熟した規制環境。スマートネーション政策と連動したデータ戦略を推進
タイタイ 個人情報保護法(PDPA)2022年6月全面施行。自動車業界向けガイドラインは検討段階 GDPRを参考にした同意・目的限定の枠組み。コネクテッドカー固有規制はなし
マレーシアマレーシア 個人情報保護法(PDPA 2010)の改正が進行中。デジタル経済推進政策と規制整備が並行 同意・目的限定が基本枠組み。自動車データへの特別規定は未整備
インドネシアインドネシア 個人情報保護法(UU PDP、2022年成立)が2024年に施行移行期間入り。自動車データへの固有規制は未整備 移行期間中の実施体制構築が課題。世界第4位の人口を背景に規制整備が急速に進展
フィリピンフィリピン データプライバシー法(DPA、2012年)と国家プライバシー委員会(NPC)が基本枠組み。コネクテッドカーへの固有規定なし ASEANでいち早くデータ保護法を整備した先行例。車両データへの適用指針は未策定
ベトナムベトナム サイバーセキュリティ法(2019年)とDecree 53/2022が基本枠組み。Decree 13/2023は2026年1月施行の個人データ保護法(PDPL)・Decree 356/2025に移行済み。車両データ・テレマティクスへの明示的な適用指針はなく、現地法務での個別確認が必要 データローカライゼーション要件を含む。規制執行体制は発展途上
インドインド デジタル個人データ保護法(DPDPA 2023)が成立。施行規則は2026年時点で策定・調整中。車両データへの固有規定なし DPDP Act §16に基づき、政府通知により越境データ移転の制限・禁止が可能な枠組み(ポジティブリストではなくネガティブ制限型)。移転制限の対象国・地域は施行規則で規定予定。自動車産業の急成長と規制整備が競走
オーストラリアオーストラリア プライバシー法(1988年)の大規模改正が進行中(2023年レビュー勧告)。消費者データ権(CDR)の自動車セクターへの拡張が政策議論の段階 CDRのセクター拡張モデルが特徴的。車両データへの適用は今後の政策決定次第
ニュージーランドニュージーランド プライバシー法(Privacy Act 2020)が基本。車両データへの特別規定なし オーストラリアと類似した枠組みで運用。消費者データ権に相当する制度は未整備

※ 本表は2026年10月時点の公開情報(各国データ保護当局・立法機関の公表資料、EC委任規則官報掲載版等)を基に作成。各国の法制度は改正・施行規則策定が進行中のものを含みます。実務上の適用判断は現地法律専門家へ確認してください。

日本のモビリティDX戦略は、SDV・モビリティサービス・データ利活用を主要領域とし、グローバルサプライチェーンの把握・強靱化や企業間データ連携を強調しています。ただし、これはEU Data Actのような車両利用者の包括的アクセス権を定めた制度と同じではありません。したがって、グローバルOEMが一つのプライバシーポリシー・一つの同意・一つのAPIで日米欧を処理しようとすると危険です。

グローバルなデータモデルは共通化できても、利用目的、法的根拠、アクセス権、保持期間、第三者提供ルール、修理アクセス権は市場ごとに定めなければなりません。

図6|同じ車両データ、異なるGovernance
図6|地域差はデータ形式だけではない。誰が、どの目的で、どの権利を行使できるかという制度構造が異なる。

AI/Agentはデータを読めても、使う権限までは持っていない

AI/Agentは、車両データと顧客管理情報を読み、次の作業を支援できます。故障兆候と整備履歴の照合。所有者/利用者/サービス連絡先候補の確認。同意状態と利用目的のチェック。ディーラーへの整備候補提示。UBI評価に使われたデータの説明案作成。第三者アクセス要求の必要項目確認。通知・承認・修理結果の証跡整理。

しかし、AIが正しい相手を推定できることと、その人へ連絡してよいことは同じではありません。故障を予測できることと、ディーラー予約を確定できることも違います。運転スコアを計算できることと、保険料変更を確約できることも違います。第2回のAuthority Bindingを、この領域でも維持する必要があります。

Capability → Permission → Authority → Accountability

AI/Agentごとに、読めるデータ、利用できる目的、実行できるアクション、必要な承認、保存する証跡、停止条件を定める。AIがデータを理解できることは、企業としてそのデータを利用・共有・確約できることを意味しない。これはDX365LIFEが「Authority Binding(承認権限の明示)」と呼ぶ設計の問題です。

図7|AI can Read. Permission must Govern.
図7|AIがデータを理解できることは、企業としてそのデータを利用・共有・確約できることを意味しない。DX365LIFE Authority Binding概念。

価値が返らなければ、同意は報告義務になる

走行データを提供する顧客に、何が返るのでしょうか。事故時の迅速な支援。故障前の通知。不要な整備を避ける説明。低リスク運転に応じた保険料。選択した整備事業者へのデータ提供。誤った運転スコアを訂正する手段。売却後に前の所有者の情報が切り離される安心。それが見えなければ、接続サービスへの同意は、顧客から見ればデータ提出への承諾にすぎません。

プロローグから続く問いへ戻ります。データは上に流れる。しかし、価値は下に返ってくるか。第1回では、DataからDecisionへ至る連鎖を見ました。第2回では、SignalからEvidence Threadを通じて品質・安全・回復へ至る連鎖を見ました。そして第3回では、Evidenceを接続できても、Purpose・Permission・Authorityがなければ利用してはならないことを見ました。

Chapter 1「OEM本社—全体は見えるが、人が見えない」の結論は、こうなります。

車両を見えるようにするだけでは、人は見えない。
人を見えるようにするだけでは、関係は分からない。
関係を理解できても、利用権限があるとは限らない。
利用できても、価値が顧客へ戻らなければ信頼は続かない。

走行データは、OEMだけのものでも、オーナーだけのものでもありません。より正確に言えば、走行データを巡っては、所有者・利用者・OEM・ディーラー・保険会社・整備事業者・第三者の間に、目的ごとの権利、許可、責任、価値還元を結び直す必要があるのです。

図8|データは上に流れる。価値は下に返るか
図8|データが上に流れるだけでは、同意は報告義務になる。価値が顧客へ返る設計があってはじめて、Connected Carへの信頼が続く。DX365LIFE Evidence Return Loop概念。

そして、この構造は次回、さらに現実的な問いへ移ります。Connected Carが故障前に整備を提案できる。OTA(無線ソフトウェア更新)で機能を更新できる。EVではオイル交換が減る。では、従来の入庫・工賃・部品販売を収益の柱としてきたディーラーは、何を売るのでしょうか。


走行データを持つことは、利用してよいことではない。

Purpose(何のために)× Permission(誰が許可したか)× Authority(誰が決めるか)× Accountability(誰が説明するか)— この4つが揃ってはじめて、走行データは「利用できるデータ」になります。どれか一つが欠けたとき、AIがデータを読めても、企業としてそのデータを動かすことはできません。※ この分析枠組みはDX365LIFEの編集概念です。


Q&A — 今回の問いへの回答

今回の問い(Q10〜Q15)と回答

Q10|走行データの利用に関する顧客同意は、誰のどの目的の同意か

目的によって異なります。サービス通知のための連絡先への通知と、走行データの第三者利用は、別の同意です。「購入者が押した同意」は、実際に運転した人の同意を意味しません。所有者・利用者・管理者・支払者が異なる場合、誰が何について同意したかを目的別に整理しなければ、同意は機能しません。

Q11|走行データをCRMに統合するだけで、OEMは「誰が顧客か」を知ることができるのか

いいえ。接続するだけでは「誰が顧客か」は自動的には決まりません。車両が誰のものか。誰が運転しているか。誰と連絡を取ってよいか。誰へ請求するか。これらは顧客関係の時系列管理が先決です。接続はデータを取得できる状態にするだけであり、顧客との関係を定義するものではありません。

Q12|UBIの走行スコアで保険料を決めるとき、OEMは何を証明しなければならないか

スコアを計算したモデルバージョン、評価期間、使ったデータの種類、誰の運転として識別したか、誰が説明責任を持つかを事前定義しなければ、顧客への説明ができません。FTC対GM/OnStar事例では、「スコアが出ている」だけでは不十分であり、プロセスの透明性と顧客への開示が問われました。AIが計算できることと、企業が説明できることは別です。

Q13|Right to Repairの規制は、地域によってOEMに何を義務付けるか

地域によって枠組みが異なります。EUはRight to Repair非差別原則と2026年委任規則により、独立系事業者への公平なアクセスを義務付ける方向を打ち出しています。日本は国土交通省の整備情報提供制度が基準です。米国はマサチューセッツ州法が先行していますが、OEMとの係争が続いています。いずれの地域でも、認証ツール取得手順が実質的な障壁になりうる点は共通しています。

Q14|顧客にとっての「走行データ提供の対価」は何か。それが見えなければどうなるか

事故対応の迅速化、故障前の通知、保険料への反映、誤ったスコアを訂正する手段、選択した整備工場へのデータ提供、売却後のデータ切り離し。これらが見えなければ、接続サービスへの同意は、顧客から見ればデータ提出への承諾にすぎません。価値が返らない同意は、信頼ではなく報告義務になります。

Q15|OEMが持つべきデータと、ディーラーに持たせるべきデータの境界線はどこか

「OEMが持つ」対「ディーラーが持つ」という二項対立では境界線は引けません。製造・リコール・OTA・ECU(電子制御ユニット)構成はOEMが正本を管理し変更履歴と説明責任を担うべきデータです。顧客との対話記録・商談・ローカル整備記録はディーラーが管理主体となり、更新権限と記録責任を持つデータです。しかし走行テレマティクス・診断コード・CRM連携データは、目的ごとにPermissionを設計する必要があります。本稿の結論に戻れば—境界線はデータの「所在」ではなく、Purpose(何のために)× Permission(誰が許可したか)× Authority(誰が決めるか)× Accountability(誰が説明するか)によって引かれます。

第3回の結論

走行データを、どちらか一方が一律に所有し自由に利用できるものとして扱うだけでは、実務上の問題は解けない。境界線はデータの「所在」ではなく、目的・許可・権限・説明責任の4軸によって引かれる。

Purpose × Permission × Authority × Accountability
+ Relationship View(関係性ビュー)
+ Evidence Return Loop(証跡返還ループ)

車両を見えるようにするだけでは、人は見えない。人を見えるようにするだけでは、関係は分からない。関係を理解できても、利用権限があるとは限らない。利用できても、価値が顧客へ戻らなければ信頼は続かない。

走行データを巡る問いは、「誰が持つか」ではなく「誰が何の目的で、誰の許可を得て、誰の権限のもとで、誰が説明責任を持って使うか」を設計する問いだ。

第3回のまとめの図
第3回のまとめの図|走行データを「利用できるデータ」にするための4条件。Purpose・Permission・Authority・Accountabilityが揃ってはじめてデータは動く。DX365LIFE編集概念。

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次回、第4回|11月4日

「オイル交換がなくなる日、ディーラーは何で生きるのか」

Connected Carが故障前に整備を提案できる。OTAで機能を更新できる。EVではオイル交換が減る。従来の入庫、工賃、部品販売を収益の柱としてきたディーラーは、何を売るのか。

 

108の問いと、20回の地図—プロローグ・20回・エピローグの全体構成
参考図|108の問いと、20回の地図—プロローグ・20回・エピローグの全体構成

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※ 本稿中のEvidence Thread、Evidence Return Loop、Authority Binding、Automotive Commitment Mesh、Semantic Latency(意味の遅延)はDX365LIFEの編集上の分析・編集概念です。Microsoft社、OEM、規制機関、業界団体の公式モデル・公式用語ではありません。Purpose × Permission × Authority × AccountabilityはDX365LIFEの編集モデルであり、法的・規制上の判断基準を示すものではありません。EUのRight to Repair・EU Data Act・UN Regulation 155・GDPR、日本の国土交通省整備情報提供制度、米国のFTC対GM/OnStar事例・マサチューセッツ州法についての記述は、公開情報をもとにした一般的な解説であり、法律上のアドバイスではありません。本稿の内容は、特定の企業・事例を評価・批判するものではなく、業界全体の構造的課題についての考察です。

 

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  • 25年ほど、Microsoft Dynamics 365 【ERP(NAV/AX)+CRM】の導入コンサルティングに従事し、日本を含む34か国において導入コンサルティングを経験してきました。グローバル環境における“プロジェクト”と“マーケティング”を生業としております。

    最近は、【CRM/MKTG(攻めのDX)⇔ ERP(守りのDX)】+【ローコード】というDX365な活動に奮闘中です。Microsoft Dynamics 365 ビジネスで地球を92周中です。#DX365 #DynamicsIoT

    Microsoftの運営する外部技術者グローバル組織「Microsoft MVP(*日本163名/世界3674名)・ Microsoftのトラスティッドアドバイザーである「Microsoft Regional Director (*日本4名/世界167名)」として、複数のITコミュニティーにて活動中。(*2026/08/08時点)

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